2026/01/23 wrote
要旨(Abstract)
本稿は、会議が実質的には何も進展していないにもかかわらず、参加者が「進んだ」という主観的達成感を獲得し、結果として会議自体が“成果”として扱われる現象を記述する。観察の結果、この現象は「言語的移動量」と「実務的移動量」の乖離によって成立し、とくに“整理”や“確認”という語彙の過剰使用が錯覚を強化することが示唆された。さらに、意思決定の代替行為としての会議が、心理的安全と責任回避を同時に満たす装置として機能している可能性が高い。
1. 序論(Introduction)
現代組織において会議は、意思決定のために存在する…とされる。
しかし実態はしばしば異なる。会議は「意思決定の場」ではなく、意思決定“しない”ことを合意する場として運用されるケースが観察される。
ここで重要なのは、会議が何も決まらなくても参加者が満足して帰る点である。
この満足は、成果ではなく “成果っぽさ” によって生み出されている。
2. 方法(Methods)
複数の会議(60分〜120分)を対象に、会議内発話を以下のカテゴリに分類した。
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実務行為(Work):成果物の生成、責任者確定、期限設定、実装開始
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擬似実務(Pseudo-Work):「整理」「確認」「方向性」「握り」「一旦」などの発話
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感情安定(Soothing):「温度感合ってます」「大枠はこれで」「解像度上がりました」など
さらに、会議終了時の参加者の表情を観察し、達成感の有無を推定した。
3. 結果(Results)
会議が“進んだ感”を獲得する典型プロセスは次の通りである。
3.1 進捗錯覚の生成フロー
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前回の話を再説明する(脳が“復習”を“前進”と誤認)
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課題を言語化する(課題の顕在化=解決と錯覚)
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論点を並べ替える(整理=前進の疑似運動)
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「次回までに」へ逃がす(未来に進捗を預けて現在を終了)
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締めの肯定(「いい会でした」で脳内完了処理)
このとき、実装フェーズは基本的に発生しない。
4. 考察(Discussion)
4.1 会議は“作業”ではなく“儀式”である
進捗錯覚会議は、問題解決のためではなく、関係者の精神安定と責任分散のために開催される傾向がある。
特に「合意形成」という語彙が出た瞬間、現場は“議論をしている感”に包まれるが、合意対象が曖昧なため、実装が発生しない。
4.2 「解像度」という魔法
本研究で最も頻出した単語は「解像度」であった。
この語は便利である。
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解像度が上がった → 何かが進んだ気がする
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解像度が足りない → 決めない理由になる
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解像度を上げる → 次回会議の存在理由になる
つまり解像度とは、進捗を生まないまま会議を循環させる永久機関である。
4.3 “ボールを持って帰る”という免罪符
「じゃあ一旦持ち帰ります」は、責任を取る宣言に見える。
しかし実際は、責任の時間差デリバリーである。
持ち帰られたボールは、次回会議の冒頭で“再び投げ直される”ことで、永続的に浮遊する。
5. 結論(Conclusion)
会議で進捗錯覚が生まれるのは、会議が「成果を作る装置」ではなく、
“成果が出ない状況でも正当化できる装置”として設計されているためである。
要するにこうである。
会議が進んだのではない。
参加者の“責任の分散”が進んだだけである。
付録(Appendix):進捗錯覚を起こす会議フレーズ集
いかがでしたでしょうか、皆さん。
会議が“進んだ気がする”だけで、何も変わらない―この手の光景に、すでに辟易している方も多いはずです。
私たちは、「その場しのぎの安心」ではなく「覚悟の伴った前進」を生み出すために活動しています。
ZENSINは、議論をそれっぽくまとめて終わりではなく、実装と成果に落とすところまでをご一緒します。
次の会議を、儀式ではなく“加速装置”に変えましょう。